広告主が求めるデータとは?これからの“放送と放送局発配信ビジネス”の役割
編集部
JAAA(日本広告業協会 Japan Advertising Agencies Associationの略称)は5月22日、東京千代田区の有楽町よみうりホールにて「JAAA動画広告フォーラム2017」を開催。第2回目の今回は「テレビを取り巻く動画広告~テレビ視聴環境の変化と動画広告ビジネスを探る~」をテーマに動画広告ビジネスに関する意義深い調査結果や課題が登壇者より発表された。(過去記事:「生活者のメディア接触調査から見えたテレビの価値と動画広告市場のこれから」「米英のテレビ広告取引の実態から考える日本の動画ビジネス動向」)
そんな中、今回はこの日最後に行われた「放送と放送局発配信ビジネスの役割とは?」をテーマに掲げたパネルセッションをレポート。湯川昌明氏(電通 ラジオテレビ局局長補)がモデレーターを務め、土橋代幸氏(トヨタマーケティングジャパン取締役)、龍宝正峰氏(TBS-HDメディア戦略室長)、尾関光司氏(ビデオリサーチ取締役)、そして、帖佐祐樹氏(ADK メディアビジネス本部 テレビ局 動画・ビジネス開発担当)がパネリストとして登壇した。

■TVerのサービス拡大にともなう新たな課題
モデレーターの湯川氏より、「まずは民放による動画配信サービス(TVer)の状況をサービスインから現状までお聞かせ願いたい」とパネリストの龍宝氏に向けられた。龍宝氏は「当初は5社で約50番組/週の配信、そこから1年半の間に在阪局も加わり現在は約150番組/週まで増え、サービスとしてはかなり拡大傾向にある」と報告。そして、「アプリDL数は約700万DL、MAU数(Monthly Active Users/月間アクティブユーザー)もドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』(以降『逃げ恥』)などの影響で右肩上がりに上昇しており、広告発注も増加傾向にある」と続けた。


しかし、かつて挙げた6つの課題(↑※1)はまだ解決していないどころか、「全ての課題が新たな局面になっており(↓※2)より大変になっている」と検証。とはいえ安心安全な広告としての一定の評価が高まり発注件数が増えていることや、配信きっかけでのリアルタイムの回帰という面ではかなり前進傾向にあると伝えた。

今後のTVerおよび民放のキャッチアップ(以降CU)配信の課題として龍宝氏は、「TVerに関していえば、番組拡大に伴うUI(ユーザインタフェース)の改修(2017年7月予定)、そして民放のCU配信も含めた課題はユーザーの拡大、コンテンツ・デバイスの拡大、ビジネスとしての拡大の4つが挙げられる」と述べた。
それを受け湯川氏は土橋氏に対し、「広告主から見てTVerに期待することは?」と投げかけると、自身もTVerに出稿した経験があると説明した上で、「他の動画広告と比べるとターゲティングが物足りない」と述べ、龍宝氏も耳を傾ける場面があった。
■動画広告の活用方法とその事例
その流れで今度は湯川氏から帖佐氏に、「現在、動画広告をどのように活用しているか?」と向けると、帖佐氏は「前提として動画広告には“インストリーム”と“アウトストリーム”の2つの種類がある」と解説。

「その中でも、最近リーチの拡大を図るために用いられているのがYouTubeやTwitterなどで増えているバンパー広告(最長6秒間でスキップ不可、imp課金のインストリーム動画広告)である」とした。また、アウトストリームの事例としてFacebookを挙げ、「商品認知とページ誘導のためのLinkAD(リンク付きのインフィード広告で静止画と動画素材の入稿が可能)型の広告なので、動画広告を作成する際は目的によってインストリームとアウトストリームを使い分ける必要がある」と。

すると再び湯川氏から「動画コンテンツに付随する動画広告と、テキストやSNSで掲載される、素材フォーマットが結果として動画広告になっている広告の目的は異なるのか?」と問われると「インストリーム広告とインフィード広告ではその後の行動も変わるので、コンバージョンやクリック率を計測しながら広告の価値を高める用途を考えなければいけない」と帖佐氏は回答した。
ここで湯川氏より、広告主の視点ならではの動画広告活用事例を土橋氏に用意してもらったと説明し、土橋氏より発表がなされた。このキャンペーン構造はデジタル広告、TVCM、公式SNS、挿入歌アーティスト公式Twitter等で広告を打ち、視聴者がハッシュタグをつけ投稿しキャンペーンに参加(拡散)してもらうというもの。

土橋氏は「観測結果は明らかで、CMと連動しツイートしてくれていることがわかった」とし、「従来のテレビ広告を流すだけでは価値がわからないことも、こうしてデジタルと共同で取り組むことでテレビメディアが起点となって生まれたシェアの数値が計れることが証明できたと思う」とコメントしている。

これに対し湯川氏から、「動画広告の予算配分は誰が任務しているのか?」と疑問を投げかけると、「クライアントによって異なるが、テレビ担当者がテレビの付帯として取り組んでいるところがまだまだ多いのではないか。しかしデータが揃い共有することができれば、デジタルメディア担当が検討することでもっと出稿数も増えるだろう」と土橋氏が回答した。
■動画広告の価値と今後の課題

続いて湯川氏より、「動画広告の価値を考えた上で今後どういったデータが必要か」と尾関氏に振ると、「基本的には配信数が絶対的な数字として必要であり、商品購入意向・サービス利用意向などより実用的なプロフィールが欠かせない」と回答し、「ログベースのネット接触状況も必要である」と加えた。すなわち尾関氏は“テレビ×ネット”の接触を機械式で測定し、オフライン(テレビ)とオンライン(ネット)のコミュニケーション活動全般をサポートするサービスの構築が不可欠だと自社開発のパネルデータであるVR CUBICを例に説明を行った。
それに対し湯川氏は、「他のシングルソースパネルとビデオリサーチのVR CUBICとのスペックの違いは何か?」と問うと、「テレビコンテンツ視聴については余すことなく測定している」ことをはじめとして、細部への厳密性の担保ができている点、TVerのリサーチを他社では行っていない点などを挙げた。湯川氏より、「それらパネルデータの設計への取組みで苦労している点は?」と聞かれると「スマートフォンの情報を開示してくれる対象者が少ない」「データをカレンシーとして売るのか、プランニングデータにするのかにも違いがある」と回答。いずれにせよ放送局と広告主の同意がないと進まないという見解を示した。
そうした尾関氏の意見に対し湯川氏から、「広告主としてオンライン時代にどのようなデータが必要だと思うか?」と土橋氏に投げかけると、「昨年、宣伝部長を対象とした調査で36%の人がテレビ出稿に疑義を示した」と前置きした上で、「しかしながらデータが充実すれば出稿したいと回答した人が80%を超えた」と伝えていた。現在、ユーザーが配信も放送も区別なく視聴しているメディア接触状況から「どのデバイスで視聴し、その後はどんな形態に流れているのか、といったデータが広告主にとって大事で、企業やトップの事業体にベストエフォートしたことを証明するデータが欲しい」と訴求した。

また、湯川氏より「デジタルシフトされた予算をテレビに戻すにはどうしたらいいか?」とアドバイスを求められると、土橋氏は「デジタルとの融合を含め、実際に効果のあった事例を提案してほしい」とした上で、「例えば通販だとダイレクトにわかるが、流通では因果関係がわからない」とし、同社で行っている商品毎のメディアプラン×受注台数のダッシュボードの取組みを紹介した。

「テレビの有用性を証明したい」という熱い思いで同社が販売データや来場データの因果関係を徹底的に探ろうとしていることが伝えられ、さらに、「CM視聴者がバナーをクリックしたという結果が車種によっては通常の7倍もあった」というデータが取得できたと土橋氏は語る。
広告主側の意見が聞けたところで、次に広告会社側の立場でどういったデータが必要かという意見を湯川氏が帖佐氏に振ると、「シングルソースパネルは非常に有用性がある」と回答した上で、「他の調査会社やデータを持っている会社と連携したり、10代のパネルがサンプルとして不足しているため拡充を図る必要性があるので、広告会社の視点として解決方法があればと思う」とコメントしたが、「一方でマーケティングデータや飯塚氏が登壇した「米英のテレビ広告取引の実態から考える日本の動画ビジネス動向~」の海外事例でも上がっていたが、本当に1インプレッション、1CPMの価値が等価交換でいいのか、という疑問が個人的にはある」とし、「当該広告の付随するコンテンツの質の違いなど質的価値についてもデータが必要だと思う。」と帖佐氏は意見した。それには、「現在プレミアムコンテンツのみに出稿することになっているが、プレミアムの価値について広告会社側から説明する必要があるから」という理由があることを付け加えた。

ここで龍宝氏は、湯川氏からテレビの編成戦略・広報戦略に携わってきた放送局側の意見を求められ……、「実は営業に携わっていた10数年前にも、広告主と広告業・民放連の三者が集まり“これからのテレビ”について議論したが、直後に好景気になりその話が頓挫してしまった」とし、当時、研究を怠り放置してしまったことを陳謝した上で、「僕らがTVerを始める際に、“第三者によるデータを物差しにしたい”と思った。当時からデータの重要性はわかっていたが、開始直後の2年前はまだ測定システムが確立していない状態で、2年たってようやくスタートラインに立てたところ」と続けた。また、「放送局が動画業者と異なるのは、視聴データが地上波放送の編成や番宣に利用できるところ」とし、「テレビ全体のことを考えると、他局の番宣になったとしてもリアル視聴につながるのであれば、全体としてプラスになる」と発言。「動画広告も見てほしいけれど、やっぱりテレビ広告を見てほしい。そのためにデータをどう生かし、利用するかを、広告主のみなさんや、ここにいる特に若い人たちを中心に議論して進めたい」と伝えた。ここで、「だから放送局のお偉い方たち、NOからはじめるのをやめませんか?」と訴えたことで、会場から大きな拍手が湧いた。

実はこの日、同フォーラムではパネルディスカッションの前に、田代奈美氏(博報堂DYメディアパートナーズ データドリブンビジネス開発センター開発推進部)より「スマートテレビの今~ここまでできる!スマートテレビの可能性~」というデモンストレーションが行われ、スマートテレビのレコメンド機能(過去の購入履歴や閲覧から利用者の好みに合った商品を提案するシステム)についての紹介もなされた。それもあり湯川氏から、「TVerは現状、テレビデバイスで見られるように展開していない。YouTubeやHulu、Netflixなど、横断的にコンテンツに触れ合うことができるレコメンド機能をはじめとしたサービスを展開していることとの比較はどう感じているのか?」と問われると、「非常に難易度の高い質問ですね」と苦笑いしながらも、「Netflixなどがやっているレベルの高いレコメンドのシステムを我々がどう開発していくのかというのも課題です。ただ、それよりも冒頭にTVerの課題を挙げたように、今TVerができていないのはテレビを見ない層の取り込みだと思っています。これは、逆から見るとテレビの好きな人たちが集まってきているということで、その人たちが1週間に20分テレビを見てくれているなら、今回作る簡易なレコメンドを利用してスマホも加えて1時間にしてもらう、面白かったら友達に話してもらう、SNSで拡散してもらう、など、メインではなかった部分からも情報が入り、知らず知らずのうちにリアルタイム視聴へと誘導されていくような、僕らにとって良いサイクルを作ることもこれからのテーマだと思う」とし、セールスのデータ利用とはややかけ離れている回答になるが、それくらい自然なサイクルの中でテレビ視聴へと回帰する日が来ることを関係者は楽しみにしているようだった。
■米英のテレビビジネスから考える日本の動画広告の違いについて
以前ScreensでもJAAAテレビ小委員会 米英視察団の飯塚隆博氏(博報堂DYメディアパートナーズ 動画ビジネス局局長代理兼テレビ戦略部部長)が同フォーラムで登壇した模様(「米英のテレビ広告取引の実態から考える日本の動画ビジネス動向~「JAAA動画広告フォーラム2017」レポート」)を紹介したが、この日行われたそれら講演の流れも踏まえ、湯川氏より結びに「日本と周辺ビジネスについての動画広告の違いについてどう感じたか」をパネリストに質問したので一人ずつ掲載したい。
尾関氏「率直に言うと、オリンピックの独占放映権を買えるNBCは自社グループのコムキャストの膨大なSTBデータから新しい広告パッケージを作っているし、そうやってデータ設備に投資できるのは本当にすごいこと。また英国のthinkboxについても自らの価値を高めようとする努力は素晴らしいと思う。しかしながら、そこで出た数字をうまく比較することが大事で、否定するのではなく全体に反映することが重要である」。
帖佐氏「尾関さんがおっしゃった通り、カレンシーデータは統一の物差しがなければ相対比較はできない。メディアサイドは、自社のコンテンツないしは広告枠に対してのプレミアム感、言わばきちんとした価値を提示するには、自社データも合わせて利用している米国のような取組みをしていくべきだと思う。また、先ほどの飯塚さんのお話にあった、各メディアで視聴者のターゲティングデータを取得しようとされているが、ターゲティングできることもそうだが、その前に現在提供している価値の証明も大事だと思う」。
土橋氏「日英米、みんな悩みは一緒だと感じる。ただ、一点違うのが欧米の方が一歩やる気があるという点。偉そうに聞こえるかもしれないが、我々メーカーは商品開発からPRまで行っている。そこをいくとデータ整理は商品のPRそのものと言えるのではなかろうか。メディア環境が変わり大変な時期だが、言い方を変えればチャンスの時。一緒にチャレンジして良い広告業界になればいいと思う」。
龍宝氏「90年代以降、海外の事例の勉強を怠ったツケが今の若手に迷惑をかけてしまっている。今は日本の放送局の資本力で海外のような取り組みはできないかもしれないが、できることを一つずつ成していかなければいけない。でも、テレビコンテンツは安心・安全で強いという信念はあるので、インターネット上の安全でないコンテンツにインストリーム広告を流すことでクライアントにネガティブな評価を与えるようなことは、キャッチアップでは絶対にないと言える。そういう価値をアピールしたいと思うし、安心・安全ということを含めたトータルのデータ検討はぜひやりたい、やらないといけないと感じる。僕たちテレビ局の営業は、自分たちの商品の価値を説明する能力が低いかもしれないが、これからは米英の放送局のようにやることをきちんとやりたいと考えている。(土橋さんに)その時はぜひ、単価を上げてください(笑)。放送局、広告主、広告業、みなさんにとって良いサイクルになればいいと思う」。
最後の龍宝氏の発言に再び会場は笑いに包まれたが、今回のテレビの真価を証明するツールを持つ4者のパネルディスカッションからは、変わりゆく時代に順応し、地道ながらも一つずつ課題の解決を図り、テレビや動画広告の新たな価値を構築していきたいという強い思いが感じられた。